オリンピックに思う

 1964年10月10日ブルーインパルスが国立競技場の青空に五輪の輪を描いた。東京オリンピックの開会日を記念した国民の休日「体育の日」は、永らく10月10日だった。それが2000年から、10月の第2土曜日に変更されてしまった。先のオリンピックが10月10日に開会されたことも、体育の日が東京オリンピックを記念して祝日に制定されたことも忘れ去られそうで寂しい。

 クーベルタン男爵が、古代ギリシャのオリンピアの祭典にならい世界的なスポーツ大会の開催を提唱した。そして1864年アテネで第1回夏季オリンピックが開催された。資金集めに苦労し、会期も10日間と短かった。

 1980年夏季のモスクワオリンピックの後、サマランチ氏がIOC会長に選出された。1984年ロサンゼルス大会が、ピーター・ユベロス大会組織委員長の指揮のもと、オリンピックをショービジネス化てそれまで大幅な赤字計上していた大会を黒字計上へと導いた。以後サマランチ会長は、オリンピックの放映権やスポンサーシップの管理を通じてオリンピックを商業主義へと変換させてしまった。

 オリンピック大会に商業主義を取り入れたことにより、競技者優先(アスリートファースト)よりもスポンサーの意向が強くなってしまった。アメリカのテレビ局からの放映権収入が大会の大きな収入源となるので、アメリカでの視聴率が取りやすいように競技の開催日時が決定される傾向が顕著だ。1984年大会後の「オリンピックは儲かる」との意識が、莫大に増え続ける開催費を恐れ、大会開催立候補都市が少なくなった。そして、大国以外にオリンピックを開催できなくなってしまった。

 1964年の東京大会が10月10日に開会されたのに、2020年大会は7月24日の開会であり、8月9日まで17日間の開催となる。
地球温暖化でこの夏の酷暑を考えれば、夏の開催は屋外競技者の地獄となりそうだ。2020年大会も先の東京大会のように10月の開催のほうが競技者のためになる。

 アメリカの10月頃のスポーツ放映に何があるか、スポーツに詳しくない私には分からない。しかし、放映権収入など商業主義に走り過ぎるばかりに競技者優先(アスリートファースト)の理念が忘れ去られるようでは、なんのためのオリンピック大会であることか。

 市川崑監督の1964年東京大会記念映画を見た。聖火が国立競技場に到着し、最終ランナーが急な階段を上り、大きな聖火台に並ぶ。ランナーはゆっくりとトーチを傾けて聖火台に点火した。人間の力強さを見せつけた感動の瞬間である。その後、いくつかの大会があったが、大仕掛けの点火シーンを見ても私には感動が伝わらなかった。シンプルがベスト。

 商業主義の現在では、そういうことは許されないのかもしれない。莫大な開催費で、開催国は限られていく。巨額の工事費で作られた大会施設は、大きすぎて利用されなくなる。お祭り騒ぎの後は、巨額の赤字と巨大施設の維持管理費の継続的支出が残るだけだ。

 私は、サマランチ会長が諸悪の根源と考えるが、その取り巻き及びその後のIOC委員にも大きな責任があると思う。IOCは、商業主義を捨て去り、クーベルタン男爵の理念とアスリートファーストの理念に立ち返るべきだ。

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