モノクロからカラー、そして4K-東京オリンピックが弾みとなるか

 1960年9月10日テレビのカラー放送が始まる。国産カラーテレビも発売され、当時小学教員の初任給が約1万円に対し、その販売価格はおよそ50万円。とても一般家庭には、手の届くものではなかった。カラー放送が始り半年しても、NHKと日本テレビの放映時間をあわせて1日約4時間足らずだったという。受像機(テレビ)が高価なうえに放送時間が短かったので、カラーテレビはなかなか普及しなかった。そんなカラーテレビの普及に一役買ったのが1964年の東京オリンピックだ。カラーテレビを発売しても、年間数千台ほどの売り上げで低迷していたが、その売り上げが1964年には5万7千台、1966には52万台、1967年には128万台になる。カラーテレビが家庭に普及するのに、東京オリンピックの影響は大きかった。

 小さい頃、「♪うちのテレビにゃ色がない。となりのテレビにゃ色がある。あらま綺麗とよく見たら、サンヨーカラーテレビ♪」とCMをやっていた。オリンピックは覚えていないが、このメロディーだけは今でも覚えている。オリンピックより後のCMだったかもしれない。我が家では、その後何年もモノクロの時代が続いた。小学校の頃、新聞のテレビ欄には「カ」の文字を四角く囲って番組名の頭につけててあった。モノクロ番組が大半だったので、特にカラーの放送という表示だった。♫そんな~時代もあ~ったねと。

昔の厚ぼったいブラウンテレビが液晶パネルのテレビに代わり、衛星放送やハイビジョンなど、技術は進歩し続けている。さて、今度の東京オリンピックを境に、4K(8K)の普及となるだろうか。日本の家電業界は、「夢よもう一度」?。韓国、台湾、中国の家電メーカーが日本を狙っている。

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