やなせ・たかし―アゴヒゲの好きな魔女

「アゴヒゲの好きな魔女」が本棚にある。作者は、アンパンマンで有名なやなせたかしさんだ。昭和43年に初版発行のものを、昭和45年12月10日新装丁で発行した。「やなせ・たかし」と中点(中黒)がついている。なぜ中点を使用したかは分からないが、この頃は他の人も中点を使用していて、特別な意味はないのかもしれない。

株式会社山梨シルクセンター出版部が発行所とある。同社をインターネットで調べると、現在の「株式会社サンリオ」だった。本来の「山梨シルクセンター」は、絹製品を販売する山梨県の外郭団体で、山梨県職員だった辻信太郎氏が、山梨シルクセンターの社名を引き継いで、東京都千代田区で創業したのが「株式会社サンリオ」の始まりとあった。「山梨」を音読みすると「サンリ」となるから?(辻氏は、スペイン語の San Rio「聖なる河」と述べている)。県の外郭団体の名称をそのまま引き継げれば、事業の立ち上げは楽だろう。

でも、絹製品販売の事業では失敗したようで、それを「禍を転じて福と為」したのか。辻信太郎氏は、小物雑貨の販売を通して、キャラクター商品の収益性に気づき、「サンリオ」として大成功した。当初は水森亜土さんなどの社外の人にイラストデザインを依頼していて、やなせたかしさんはそのうちの一人だったのだ。

さて、本の話に戻るが、表表紙を開けると、「やなせたかし」の直筆サインが天使のイラストと一緒にペンでサラサラと書かれている。この本は、私の小学校の担任だったT先生から渡されたものだ。T先生は、やなせさんを敬愛していて、どこかで知り合いになったようだ。

やなせさんは、漫画家、絵本作家、詩人などとして知られている。子供の頃、「手のひらを太陽に」の歌は聞いたことがあったが、その作詞家が「やなせたかし」さんなどとは知らなかった。アンパンマンは、1969年のPHP10月号に掲載されたようで、現在のアンパンマンとは趣向が異なっていたそうだ。それが1973年、頭があんパンで出来たキャラクター「あんぱんまん」(アンパンマン)として登場した。

小学校の担任のT先生は、私たちに作詩の指導して、詩集を何冊も編纂した。私は詩を作るのが苦手で、採用されたのは、数編だった。感性のいい子は、やはりいい詩を作る。T先生が先にやなせさんに会ってから私達に作詩をさせたのか、私たちの詩集をやなせさんに渡して知り合いになったのかは聞いたことが無い。

ある日、T先生が私達をやなせさんの舞台観賞に連れて行ってくれた。何処だったか、何の舞台だったかは、記憶にない。やなせさんが突然、〇〇小学校の皆さんが来ていますと紹介してくださり、全員が舞台に上がったことを覚えている。明治5年創立という歴史ある小学校だが、同級生は全部で10名だった。その小学校も廃校になって久しい。

また、その舞台には芹洋子さんがいた。芹洋子さんを紹介するとき、やなせさんは「セリと言っても、草花の芹です。」と述べていた。何との対比かは、分からない。芹洋子さんの「四季の歌」が大ヒットしたのは、それから数年経った1976年のこと。

T先生は、私たちの詩集を数冊発行し、それをやなせさんに贈呈した。やなせさんはご自身の作品書籍を返礼として送ってくださった。その中の一冊が「アゴヒゲの好きな魔女」で、私はT先生に「これがいい!」と言った。T先生は少し渋い顔をした。この本を後日読むと、七つの短編物語が収録されていて、一番最初の「アゴヒゲの好きな魔女」の話に少しエロティックなところがあったためかと思った。以前T先生のご自宅に行ったとき、先生の本棚にこの本が収蔵されていた。本は借りなかったので中身は知らなかったが、本のタイトルに惹かれた。

せっかくサイン入りでいただいた本なのに、引っ越しなどでカバーも本体も少し傷んでしまった。これ以上傷まないよう心がけたい。

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