世界貿易センタービル(1WTC)

 今日(9月11日)で、アメリカ同時多発テロの発生から17年になるらしい。事件が起きた時、私はすでに寝ていた。兄が「世界貿易センタービルが燃えている。」と私を起こしに来た。大した火災でもなかろうと思ったが、兄がせっかく起こしてくれたのだからとテレビを見ると、ビルが煙に包まれ、大規模火災が発生していて驚いた。

 私は、1990年9月から94年9月まで、1WTC(One World Trade Center 屋上にアンテナの立っていた方のビル)にいた。私は、しばらくテレビを見ていたが寝てしまった。翌日起きてからニュース映像で、2つのタワーが崩れていく姿に目を見張った。ツインタワーがあまりにもあっけなく、真っ直ぐ下に崩れていったのだ。

 以前、上司が「このビルは大地震でも大丈夫か。」と家主であるPort Authorityの人に尋ねた。ニューヨークには、地震がない。Authorityの人は、「地震などではびくともしない。大きなビルでは、地震より風の方が影響力が強い。」と答えたらしい。私達の事務所は87階にあり、風の強い日にはギシギシ音を立てて、ゆっくり右へ左へ大きくスイングした。

 このビルの足元を揺らす事件が1993年2月26日の正午過ぎに起きた。各トレードセンターは、地下が駐車場となっていて繋がっていた。地下駐車場にテロリストが爆破物を仕掛け、爆発させた。その時私は、近くの日本食レストランで昼食をとっていた。ボン!という音と小さな揺れを感じたが大して気にならなかった。
 食べ終わって1WTCに帰ると、1階のフロアは煙の臭いがして、「Evacuation(避難しろ)」と命令され、建物外部に追い立てられた。駐車場の火災で発生した煙が1WTC、2WTC及び3WTC(ホテル)の建物に充満した。

 私は、事務所に帰れなくなり、アパートに戻った。アパートは、1WTCから200mほど離れたハドソン川に面した34階建の建物で、その35階(13階は無い)である。自由の女神やベラザノ・ナロー橋がよく見えた。

 数時間して、顔を煤だらけにしたT君が私のアパートに来た。彼は、仕事があったので、お昼を事務所で食べていた。87階から階段で下まで降りてきたそうだ。事務所にいた他の人々も無事に自宅に帰って行ったと彼は話してくれた。彼は、私の部屋のバスルームでシャワーを浴びて、ニュージャージーに帰っていった(ハドソン川の対岸はNJ州である)。

 私達は、ある日系会社のミッドタウン(WTCは、ダウンタウンにある)にあるオフィスに間借りさせてもらい、業務の再開に努めた。爆発後、何日かして、WTCから業務に必要な機材や書類等を持ち出すことが許可になった。1WTCのエレベーターに乗り事務室に入ると、埃と煤だらけだった。Port Authority(WTCの家主)が建物の室内をクリーニングし終わるまでの約2か月半、ミッドタウンに通った。

 この地下駐車場での爆発は、タワーの構造強度に微塵のダメージも及ぼさず、仮に爆発規模が数倍になってもタワーの構造強度に深刻な影響は及ぼさなかったと言われている。そのような強靭な建物でも、航空機燃料に引火して、その熱が鉄骨構造に影響を与えたときには、もろくも崩れ去るのだと思い知らされた。

 ある人が「消防士は、木造の建物より、鉄骨造の建物を恐れる。」と言っていた。「木造の建物は、柱が燃え始めても芯が残っている限り崩れ落ちないが、鉄骨の建物は熱で突然ドスンと潰れるんだよ。だから、鉄骨をコンクリートで被覆すると火事に強くなるんだ。」と言っていた。私は建築の素人なので、よくわからないが、ツインタワーの崩落がそれを裏付けているように思える。

 宗教によるテロや対立、戦争など起きて欲しくはない。宗教は、各自の心の内だけにして欲しい。外部に悪影響を与えるのは良くない。宗教と道徳の重なる部分は良いが、それ以外については、私は宗教フリーでいよう。

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